ものの記憶

最近、遅ればせながら、“こんまり”こと近藤麻理恵さんの本に触発され、身の回りの片付け祭りをしました。

私は引越しが多い人生で、大学入学で上京してから今まで10回は引っ越しています(仕事場の引っ越しも入れると12回!)。

そのたびに要らないものは処分するなど、荷物を整理してきました。だから自分としては、持ちものが少ない気でいたのですが、今回“こんまりメソッド”に沿って「ときめくものを残す」という観点で掃除をしてみると、まだまだ積み上がるゴミ袋の山……。

こうして部屋には好きなものだけが残りました。
たとえば、インドの友人が贈ってくれた鮮やかなシルクのスカーフ、老舗古着屋TOROで買った手刺繍のレースの洋服、そして、タイの少数民族による刺繍の布など。

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この布はシンガポールに住んでいた頃、タイを訪れた際に購入したものです。
その時は特に目的もない旅でしたので、トゥクトゥクに揺られ、ふらふらとお寺を見に行ったり、地元の人たちの市場へ出かけたりと、のんびり過ごしていました。

じっとりとした熱気が肌にまとわりつく暑い時期で、車が砂埃を立てて行き交う大通りの隅っこを、黄色い袈裟を着た若いお坊さん達が一列に托鉢で歩いていた姿や、お寺の中で黒い艶々の羽をした鶏達が自由に歩き回っていた情景を思い出します。

滞在中、ふと近くに少数民族の手工芸の屋台が出ている地区があるという話を思い出し、なんの気なしに出かけてみました。

大まかな場所しか分からなかったため、勘を頼りに歩いていると、突如現れた屋台の数々。店先には少し現代的にアレンジされた民族衣装が並んでおり、迷路のような区画はどことなく寂しさを纏うような空気感があります。

そこから少し抜けた通りに出ると、小さな店舗が雑然と並ぶ中に、一軒ひっそりと、まるでセンスの塊のようなお店がありました。

ゆっくり歩いていなければ通り過ぎてしまったであろう店内には、昔のタイの民藝がぎっしりと積み重なり、その奥では美しいロングのグレイヘアを一本の三つ編みに束ねた女性が、古い民族衣装のスカートを解体しながら店番をしていました。

お店の壁には、帯のように長い、繊細な刺繍の布が掛け軸のように飾られており、戸棚には所狭しと畳まれた織物の布が積まれています。小さなショーケースの中には、刺繍布の切れ端が沢山ストックされ、一部の布は額装されていました。

お店には私の他に、若い地元の男性客が一人。しゃがみこんで丹念に古い帽子の棚の中を探っています。

「ここにあるものは他のお店と全然違う、どうしてこんなに美しいものばかりあるの?」と聞くと、女性ははにかみながら、自身が少数民族であるアカ族の出身であり、家族は皆、未だに山で暮らしているが、彼女は街へ出てきて、タイの少数民族の手工芸を集めたこのお店を切り盛りしているのだと教えてくれました。

彼女は英語がとても堪能だったのですが、アカ族は文字を持たない民族で、全て口頭で伝え合う暮らしをしているそう。だから、英語も耳だけで覚えたといいます。

スカートを解体しているのは何故なのかと聞くと、「この不要なものを取り外してるの」とのこと。
よく見れば、古いスカートの美しい生地に、安っぽいリボンが縫い合わさっており、そのリボンを縫いつけた糸を解いているようでした。

近代化、観光産業化の波は少数民族の暮らしにもかなり影響を与えており、今は本当の意味での手工芸はとても希少になってしまったそうです。

彼女は「bullshit」とそのリボンのことを表現していたのですが、その言葉に、昔ながらの手仕事を大切に思う気持ちや、手工芸が消えていくことへの彼女のやるせなさがどことなく伝わってきました。

手仕事に携わっている人間にとっては、どの国でも技術を守ることの難しさを感じる時代であり、私自身も彫金に関して思うことが色々とあるため、なんとなくシンパシーを感じながら彼女の話を聞いていました。

昔は当たり前にあった、自然に寄り添う人々の暮らしや手仕事に関する話。
耳を傾ければ傾けるほど、店内にある古く美しい生地や小物が、より一層輝きを増して語りかけてくるように思える……、彼女の話にはそんな魅力がありました。

身の回りの片付けが終わり、改めて自分のお気に入りの品々に向き合ってみると、全てに共通点があることに気がつきます。

味がある。装飾的。色がカラフル。天然素材。情緒や物語を感じられる。
手仕事による愛が込もっていて、長く使える。伝統技術などの歴史的背景がある。

残ったのは手仕事のものばかりで、面白いことにそれらが持つ共通点は、私がものづくりをする上で、最も大切にしていることと同じでした。

アカ族の彼女の宝物をお裾分けしてもらうように、何枚か持ち帰った刺繍の布は、一時は私の部屋を、そして今は私の仕事場を美しく彩っています。

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