鉱物のパレットで描く世界

子供の頃、『はてしない物語』や『ムーミン谷』など、繰り返し読んだ本が何冊かありますが、そのうちの一つが『クレヨン王国の12ヶ月』という児童書です。

王妃の長時間のお化粧や寝坊癖に辟易し、行方をくらませたクレヨン王国の王様を、王妃やクレヨン達、主人公の少女が探す物語で、主人公の名前が私と同じ名前だったこともあり、まるで自分が本の中で活躍しているような気持ちになったものでした。

細かい内容は忘れましたが、物語の描写がとてもカラフルで、小さな頭の中で鮮やかに再生された色の名残は、未だ記憶の片隅にあります。『クレヨン王国』はその後シリーズ化され、少しずつ集めた王国の物語は今も実家の本棚に眠っています。

その当時、色彩に関する仕事をしていた母親らしいセレクトでしたが、すっかりその世界観にのめり込んで読み耽ったのは、私の中にも脈々と受け継がれた、色の組み合わせに凝る気質から来るものだったのでしょう。

ジュエリーを作り始めるまでは、アンティークビーズや刺繍糸が身近な存在でした。ヨーロッパのアンティークビーズは、色のバリエーションや形が豊富で、如何様にも組み合わせられるため、パズルのピースをはめていくような面白さがあります。

大学時代は授業とアルバイトの時間以外は、アンティークビースのアクセサリーを作ったり、刺繍をしたりの日々で、チェコのアンティークや雑貨を取り扱う素敵なお店の片隅に置いてもらっていました。

やがてジュエリーに本格的に取り組むようになりますが、これまでの素材とは全く異なる「宝石」を初めて目の前にして、とても戸惑ったのは、市場で高く評価される宝石の画一的な色彩でした。

「ダイヤモンドは透明感があるほど美しい」、「サファイアは深い青が美しい」という価値観のもとにやりとりされるマーケットは、それまで多彩な色の組み合わせに慣れていた当時の私にとっては、あまりにも違う世界で、初めての仕入れでは何も買うことが出来ずに呆然として帰りました。

一体どうすればしっくりと心に馴染むジュエリーが作れるだろうと、散々宝石を検討していた中で出会ったのが、トラピッチェ結晶のシリーズや、非加熱のグラデーションが美しいバイカラー、パーティーカラー(多色性)のサファイア、ウォーターメロントルマリンなどの独特な色合いを持つ宝石でした。

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左からトラピッチェルビー、クリスタル、
ウォーターメロントルマリンのリング

最近は随分宝石の価値も多様化し、国際的な宝石研究機関であるGIAも、宝石のクラリティがその宝石の持つ価値と必ずしも比例するとは限らないと言っています。これは私も大変頷くところで、宝石を知っていくと、その石の魅力は自然界での偶然の積み重なりの結果であり、元素レベルの相互作用で起こる奇跡で、どの鉱物も唯一無二なのだということが分かります。

例えば、muskaの「yedi」(トルコ語で虹を表す)というシリーズで使用しているサファイアは、バイカラー(2色性)、パーティーカラー(多色性)と呼ばれるもので、一般的にイメージされる青だけではない、様々な色のバリエーションを持ちます。

サファイアはコランダム(酸化アルミニウム、Al2O3)という鉱物として分類され、実はルビーと同じ鉱物です。2つの違いは色によって分類され、ルビーとして識別される赤色のコランダム以外を、サファイアと呼びます。

純粋な酸化アルミニウムは本来無色なのですが、鉱物が成長してきた環境により、様々な微量元素が加わることがあります。

例えば、クロムが入ってくると赤になってルビーと呼ばれ、鉄とチタンがアルミニウムの一部と交換されると青くなり、サファイアと呼ばれます。こうした微量元素の干渉により、サファイアは虹のように鮮やかな表情を持ちます。

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スリランカの多色性のサファイア。
こうしたグラデーションの美しさを活かしたルースはとても少ない為、出会った時にあるだけ仕入れる。

私のサファイア好きは、この多色性のサファイアに出会ったことがきっかけで始まったのですが、虹を内包しているかのようなこの宝石を手にした時、「ああ、結局は宝石の世界も実はこんなにも自由なのだ」と、その先に作っていくものがパッと見えたような瞬間でした。

muskaを立ち上げる前の数年間は、いわゆる大きな市場での宝石の価値と自分の価値観が必ずしも一致するものでは無かったため、まずどの宝石が自分と相性が良いのか、手探りで確かめていくような時期でした。

その中には研磨されたルースを見付けられず、原石を自分で一から研磨して、リングにセッティングしたものもあります。

トラピッチェ結晶(ルビー、サファイア、エメラルドなど)のシリーズも、今ではmuskaのアイコニックな宝石としてお客様にお求めいただくようになりましたが、スタート当初はお取扱店にも「何の石ですか、これは」と聞かれるくらい全く認知されておらず、その希少性と美しさを一生懸命説明し、販売してもらったのでした。

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トラピッチェの結晶のリング達。
エメラルド、サファイア、ルビーとそれぞれの味わいがある。

muskaも、もう少しで10年。宝石と持ち主との橋渡しのような気持ちでここまでやって来ましたが、10年も経つと、「あの時これを買って今も身に着けています」と教えてくださるお客様もいらっしゃって、そうした時に身に着けているジュエリーを見せてもらうと、見事にその人に馴染んでいて、なんとも嬉しい気持ちになります。

すっかり鉱物の美しさに魅了され、今こうして様々な宝石を使ってデザインを出来ているのは、あの独特な表情をした石達が、確かに私を宝石の世界に繋げてくれたからだと思うのです。

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