07 4月 デザインの工程
ARTS & SCIENCE FUKUOKA でのトランクショーが無事スタートし、アトリエはほっと一息。イベントの直前はアイテムをぎりぎりまで練り上げるため、かなりてんやわんやになります。納品の後は、まるで嵐が過ぎ去ったような感覚で、私も数日間は電池が切れたような状態に。
そんなこんなで、最近は新年度のスケジュールを整理しながら、5年ぶりに新たに我が家にやってきた猫との時間を過ごしていました。
以前も老猫と一緒に暮らしていた時期があります。のんびりゆっくり動き、ほとんど寝ていたような子で、それこそが猫だと思っていたら、若い猫は全然様子が違いました。
大切に使っていた松本民藝家具のテーブルも、あっという間に爪の跡で無惨な姿になり(!)、棚の上に置いていた花瓶と壺は、固定していたにもかかわらず、真夜中に見事に割れ……(苦笑)。
唯一無事だったのは、ミュージアムジェルという固定用ジェルで留めていた石のオブジェだけ。美術館の展示でも使われるらしいこのジェルが、クチコミで絶賛されていた理由がよーく分かりました。
やってきた当初、若い猫はひどい風邪っぴきで、目もグズグズの状態でした。まずは体調を回復させるところからですが、早く慣れて安心してほしいと願いながら、お世話をする日々です。
ところで今回、福岡のトランクショーのタイミングで新しく発表したデザインがあります。
一つは、ホワイトゴールドの大ぶりなピアス。
もう一つは、お花をモチーフにしたリングです。
せっかくなので、今日はこうしたデザインの工程について触れてみたいと思います。
ジュエリーというのは面白いもので、コンテンポラリージュエリーなど一部のものを除いて、古くからの技法が今なお用いられています。
また強度や経年などの観点から、使える素材もある程度決まっています。つまり、制限がある中での表現なのです。
国・地域により技法が異なるため、同じ素材を使っていても、違いが出てくるのも面白さの一つです。
いざデザインするときはまず第一に、宝石という自然物が相手ですので、素材に寄り添うようにしています。
インスピレーションだけで形にすることはできず、かといって技術だけでも応用性がありません。その両方を掛け合わせたときにはじめて面白いデザインが生まれるように思います。
デザインのプロセスは人により様々かと思いますが、私の場合は大抵二つのパターンに分かれます。
一つは素材を眺めているだけでスッと浮かんでくるパターン。
特に一点物のジュエリーは宝石を眺めているうち、「腕はこんな風に、台座はこんな風に」と、完成図が浮かび上がってくるので、そのひらめきを邪魔しないようにそっとデザインに起こします。
もう一つは、自分の心に響く物事からインスピレーションを受け、それらが徐々に形になるパターンです。
今回の二つのデザインは後者で、こちらはわりと時間がかかります。
前者よりも曖昧でぼんやりとしたイメージなので、急いで力づくで形にしようとすると、不自然なデザインになってしまうからです。
その代わり、きちんと形になった折には、その後何年にも渡って作り続けていく定番ものになってくれます。
曖昧なイメージから、こうして最後まで辿り着くためには、細い糸を辿るような工程を重ねていきます。
はじめはイメージをデザイン用ノートに落とし込むところからです。
ラフスケッチなので、抽象的な形や色、そのとき気になっている言葉なども気にせずどんどん描き込んでいきます。
ここからすぐに成形に入ることはほとんどなく、当分放っておいて別のデザインや制作を進めます。期間はまちまちですが、ときには半年から一年ほど置くことも。
その間も合間を見ては、ラフスケッチを見返して描き加えたり、改めて宝石を眺めたりしていると、あるタイミングでなんとなく形にするための糸口のようなものが見えるので、それを元に試作に入ります。
試作はデザインによって、ワックスと呼ばれる蝋のような素材で形作ったり、地金を削り出して溶接したり、その二つを組み合わせたり。地金の場合は、この段階からゴールドは使用できないので、代わりにシルバーや真鍮で制作を繰り返し、様子を見ます。
完成形がある程度見えてきたら、細かい調整に入ります。
ほんの少しの塩梅で見え方が変わってくるため、一見ラフなデザインでも、実は緻密に計算して作っています。
こうした微調整は、先に書いたジュエリー特有の制限を考慮しながら進めます。「この部分は強度を考えるとこれ以上薄くできない」、「この宝石のカッティングではこの仕様には適さない」など。
例えば新作のホワイトゴールドのピアスは、重さを感じさせずにあのボリューム感を出すために、中を空洞にする必要がありました。
彫りを入れるために最低限の厚みを確保しつつ、ギリギリの薄さまで内側を削ってから両面の溶接をするのですが、彫金の溶接は中が真空になると、地金が破裂する危険が伴います。
破裂を避けるためには空気の逃げ道が必要になり、デザインを壊さないように配慮しつつ、空気孔を作らなければなりません。
厚みや大きさをあれこれ変えながら試作をした後、ベースの仕様が決まると、今度は彫り模様を考えていきます。
ここでも、なんでも好きなように模様を入れられるわけではありません。
muskaでは和彫りの技術を用いていて、彫り模様を綺麗に見せるには、タガネと呼ばれる刃を適切な角度で地金の面に入れなくてはなりません。そのためデザインの段階から、どういった柄をどこに、どのくらいのボリュームで入れるのかを具体的に検討する必要があります。
このような工程を経てようやく、新しいジュエリーが生まれます。
といっても、ここで終わりではありません。muskaでは、過去にデザインした定番のアイテムもときにマイナーチェンジを加え、ブラッシュアップし続けているからです。
上質の素材と伝統的な技術を用い、自由な想像力と共に。
流行りすたりのない、ずっと身に着けられるものを作りたいという、私のモットーです。