14 9月 点と点が繋がる瞬間
muskaのお店、第六夜は麻布台の和朗フラット四号館という建物の一室にあります。
この建物は築80年を超え、現在では国の有形文化財に登録されています。
元々は、今で言うところのサービスアパートメントとして建てられました。
近辺には同様の建物が全部で7棟建てられ、四号館はそのうちの一つ。他に、壱・弐号館が現在も残っています。
これまでの歴史の中で、画家のアトリエになった部屋があったり、女性たちがシェアして住んだ部屋、雑貨屋さんやカフェとして用いられる部屋があったりと、歴代のさまざまな住人に色々な形で愛されてきた建物です。
第六夜が入っている5号室は数部屋に分かれており、アトリエスペース、店舗スペース、サロンスペースと分けて活用しています。
私がこの場所に出合ったのは、10年程前です。
とあるスタイリストさんが暮らしていらっしゃった和朗フラット壱・弐号館に関する記事や、四号館に入っているギャラリーSUさんについての記事を雑誌で読んだことがきっかけでした。
それぞれ異なる雑誌に掲載された記事でしたが、美に関する素敵なお仕事をしていらっしゃるお二方が建物をとても愛していることが手に取るように伝わりました。
まるでお伽話に出てくるような建物の写真と、個々のエピソードに感動し、こんな場所で毎日過ごせたら、なんて幸せだろうと思ったことを覚えています。
ちょうど、ギャラリーSUさんでロベール・クートラスの展示会が開催されるタイミングでしたので、記事を読んだ後日、少し緊張しながら展示会に向かいました。
初めて訪れた小さな館は、白い漆喰の外観にエメラルドカラーの扉、造形の凝った窓枠が美しく、展示されていたクートラスのカルト(絵を描いたカード)と、その独特の建物の雰囲気が相まって非常に幻想的でした。
まだ学生の私にはとてもカルトは手が出せなかったのですが、代わりにクートラスの図録を2冊買って帰り、1冊は雑誌の記事を教えてくれた家族に贈り、もう1冊は自分の部屋に飾ったのでした。
それ以来近くに行く機会があると、ふらっと眺めに行くスポットになりました。
それから数年後。
muskaを始めて程なくして、蔵前のタイガービルヂングという建物に入ることになります。
古い煉瓦造りのその建物は、1934年に建てられた蔵前のランドマークとも言える建築物です。
台東区という場所柄もあり、クリエイターやアパレルメーカー、ジュエリー職人などがテナントとして入居している、まさに「ものづくり」の場というビルです。
まだ自宅で制作をしていた頃のある夜、ふとオラクルカード(メッセージが書かれた、簡単な占いのようなカード)を引いてみたところ、「New Home」という居場所に関するカードが出ました。
彫金の街である御徒町の近くにアトリエを持てたらと、その頃考えていましたので、背中を押されるような気持ちで「台東区 アトリエ」とインターネットで検索すると、タイガービルディングに空きが丁度出ていたところでした。
部屋の広さやフロアの雰囲気など、私が思い描いていたアトリエにぴったりで、すぐに入居することを決めました。
ここにアトリエを構えて制作を行う日々は、春には隅田川の満開の桜を見ながら通勤し、夏には花火や御神輿で街が盛り上がり、冬には灯油ストーブでミルクを温めて夜な夜な作業をするといった四季折々の思い出が宿る、かけがえのないものでした。
作業場所のほかに、完全予約制のサロンスペースを設け、お客様をご案内できるようにもしました。
結婚指輪やオーダーのご対応を行っていましたが、徐々にお問合せをいただくことが増えるにつれて、出来ればもう少しオープンにmuskaのジュエリーを見ていただける場所が欲しいと考えるようになったのが一昨年のこと。
自分たちのお店を持つことを本格的に考え、場所を探し始めることにしました。
そう決めてからは、ありとあらゆる物件情報をチェックし、東京の主だったエリアを足が棒になるくらい歩いて探し回りました。
muskaの雰囲気や私の理想から言っても、繁華な街中からは少し離れていて、私たち自身がそこで仕事を行うことが楽しみになる建物であること。
四季を感じられ、いらっしゃった方がほっとするような、ゆっくりと時間が流れる優しい空間であること。
落ち着いてご覧いただけるように、サロンスペースをお店とは別に確保できること。
そんな条件を設けながら探すと、納得のいく物件は本当になく、時間ばかりが過ぎていきました。
探し続けること8ヶ月。
もう私達が求めるような空間は見つからないのではないかと思い始めた矢先のことです。
六本木のイセタンサローネで催事を行っていた期間に、ふと和朗フラット四号館の事を思い出し、久しぶりに立ち寄ることにしました。
この建物は募集が滅多にないことでも知られており、入居することなど夢にも思わず、ただ眺めようと寄っただけでした。
ところが建物の前に行くと、木の掲示板に小さく空き部屋の募集の貼り紙が出ていたのです。
この貼り紙を見て、あの時初めてこの建物を訪れたときに感じた思いが一気に喚起されました。
もう自分達のお店をオープンすることは出来ないのではないかと半ば諦めかけていた中で、過去の自分が予想もしていなかったサプライズが起こり、物事というのはこういう風に繋がっていくのかと、鳥肌が立ったのでした。
蔵前のアトリエも今のお店も、何かが繋がるタイミングというのは、リラックスした状態でふと浮かんだ「Gut feeling」に身を任せた時でした。
こうしたコントロールを超えたところにある物事の流れは、時に祝福であり、時に残酷でもありますが、それも一つの視点からの見方であり、追い風が吹く時も、向かい風と思える時も、できる限り抵抗せず身を任せていたいと思うのです。